判示事項 判決要旨
1. 事業所得の金額の計算上必要経費が総収入金額から控除されることの趣旨や所得税法等の文言に照らすと、ある支出が事業所得の金額の計算上必要経費として控除されるためには、当該支出が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であることを要すると解するのが相当である。
2. 被控訴人は、一般対応の必要経費の該当性は、当該事業の業務と直接関係を持ち、かつ、専ら業務の遂行上必要といえるかによって判断すべきと主張する。しかし、所得税法施行令96条1号が、家事関連費のうち必要経費に算入することができるものについて、経費の主たる部分が「事業所得を…生ずべき業務の遂行上必要」であることを要すると規定している上、ある支出が業務の遂行上必要なものであれば、その業務と関連するものでもあるというべきである。それにもかかわらず、これに加えて、事業の業務と直接関係を持つことを求めると解釈する根拠は見当たらず、「直接」という文言の意味も必ずしも明らかではないことからすれば、被控訴人の上記主張は採用することができない。
3. 控訴人の弁護士会等の役員等としての活動が控訴人の「事業所得を生ずべき業務」に該当しないからといって、その活動に要した費用が控訴人の弁護士としての事業所得の必要経費に算入することができないというものではない。なぜなら、控訴人が弁護士会等の役員等として行った活動に要した費用であっても、これが、控訴人が弁護士として行う事業所得を生ずべき業務の遂行上必要な支出であれば、その事業所得の一般対応の必要経費に該当するということができるからである。
4. 弁護士会等の活動は、弁護士に対する社会的信頼を維持して弁護士業務の改善に資するものであり、弁護士として行う事業所得を生ずべき業務に密接に関係するとともに、会員である弁護士がいわば義務的に多くの経済的負担を負うことにより成り立っているものであるということができるから、弁護士が人格の異なる弁護士会等の役員等としての活動に要した費用であっても、弁護士会等の役員等の業務の遂行上必要な支出であったということができるのであれば、その弁護士としての事業所得の一般対応の必要経費に該当すると解するのが相当である。
5. 弁護士会等の目的やその活動の内容からすれば、弁護士会等の役員等が、①所属する弁護士会等又は他の弁護士会等の公式行事後に催される懇親会等、②弁護士会等の業務に関係する他の団体との協議会後に催される懇親会等に出席する場合であって、その費用の額が過大であるとはいえないときは、社会通念上、その役員等の業務の遂行上必要な支出であったと解するのが相当である。
6. また、弁護士会等の役員等が、③自らが構成員である弁護士会等の機関である会議体の会議後に、その構成員に参加を呼び掛けて催される懇親会等、④弁護士会等の執行部の一員として、その職員や、会務の執行に必要な事務処理をすることを目的とする委員会を構成する委員に参加を呼び掛けて催される懇親会等に出席することは、それらの会議体や弁護士会等の執行部の円滑な運営に資するものであるから、これらの懇親会等が特定の集団の円滑な運営に資するものとして社会一般でも行われている行事に相当するものであって、その費用の額も過大であるとはいえないときは、社会通念上、その役員等の業務の遂行上必要な支出であったと解するのが相当である。
7. 弁護士が弁護士会等の役員に立候補した際の活動に要した費用のうち、立候補するために不可欠な費用であれば、その弁護士の事業所得を生ずべき業務の遂行上必要な支出に該当するが、その余の費用については、これに該当しないと解するのが相当である。
整理 費用の額が過大であるとはいえない場合の必要経費 | ||
① | 所属する弁護士会等又は他の弁護士会等の公式行事後に催される懇親会等に出席する場合。 | ○ |
② | 弁護士会等の業務に関係する他の団体との協議会後に催される懇親会等に出席する場合。 | ○ |
③ | 自らが構成員である弁護士会等の機関である会議体の会議後に、その構成員に参加を呼び掛けて催される懇親会等に出席する場合。 | ○ |
④ | 弁護士会等の執行部の一員として、その職員や、会務の執行に必要な事務処理をすることを目的とする委員会を構成する委員に参加を呼び掛けて催される懇親会等に出席する場合。 | ○ |
考察
増田 英敏教授は、「弁護士会入会や税理士会入会は業務遂行の前提となるはずである。まずこの点を確認すべきである。
今回取り上げた事件の原告は、弁護士会活動は業務遂行と密接に関係し、その関係性は制度的にも業務遂行の前提とされていることから、業務関連性があることは当然であるとの立場に立って主張を展開していた。
とりわけ、原告の主張は、所得税法三七条が定める直接対応費用である売上原価以外の一般対応の費用は、収入との直接関連性を要求されていないと主張している。
一方、被告国側は、必要経費該当性の判断は、事業の「業務との直接関連性の要件」と「業務遂行上の必要性の要件」の両者を充足するか否かによるべきであると主張した。
この条文は、家事関連費と通常みなされる支出を必要経費に算入する際には、取引記録等により納税者が「直接必要性」の立証責任を負うことになることを示唆したものと解すことができよう。」注1.
「最近の事例に限れば、たとえば、弁護士業と不動産貸付業を営む原告が、平成十一年分の所得税申告について、借地権設定のための貸付金等の貸倒損失が必要経費に該当するか否かが争点とされた事例がある。
この事例につき、裁判所は「必要経費とは、所得を得るために必要な支出のことを意味するものであるが、ある支出が必要経費として控除され得るためには、それが事業活動と直接の関連をもち、事業の遂行上必要な費用であることが必要である。そして、事業の遂行上必要であるか否かは、関係者の主観的判断ではなく、客観的一般的に通常必要とされるものと認められるかどうかを基準として判断すべきものと解される。」(第一審‥東京地判平成十六年九月十四日『税務訴訟資料』二五四号二三八頁(順号九七四五)、控訴審‥東京高判平成十七年二月九日『税務訴訟資料』二五五号四九頁(順号九九三〇)、上告審‥最判平成十七年六月二十三日決定『税務訴訟資料』二五五号一八〇頁(順号一〇〇六一))との基準を示して、原告弁護士の請求を斥けた。
本件は、弁護士会役員としての会務活動費が、所得税法三七条一項の「販売費、一般管理費等の一般対応の必要経費」に該当するか否かが争点とされたが、その該当性判断の要件として、裁判所は、①事業活動との直接関連性の要件と、②事業遂行上の必要性の要件、の二要件を用いて、原告の会務活動費が、①事業活動との直接関連性の要件を充足しないとして、原告の主張を排斥している。
問題は、従来から採用されてきた同条が定める一般対応の必要経費の要件のうち、①の「事業活動との直接関連性の要件」にある。
所得税法三七条は、所得の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、「これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額」及び、「その年における販売費、一般管理費の他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。」と定めている。
したがって、控除されるべき必要経費は、売上原価等の収入を獲得するために直接要した費用と、販売費、一般管理費等の所得を生ずべき業務に生じた費用の二種類の費用であると規定されている。
同条の文理解釈からすると、「直接に要した費用」とは売上原価等の収入との直接対応関係にある費用を意味し、この「直接に要した」との文言は、後段の販売費、一般管理費等の一般対応費用にまではかかってはいない(修飾していない)。
そうすると、「いわゆる一般対応の必要経費については、その文言及び性質上、支出と収入の直接関連性は必要とされていない」との原告の主張は当然といえる。
必要経費の該当性判断で注意を要するのは、売上等の収入を獲得するのに直接要した費用とは、売上原価等を意味するのであり、販売費・一般管理費等の一般対応費用は、事業活動との関連性の有無及び必要性は要件とされるが、売上等の収入との個別的直接関連性は要件とはされていないという点である。
裁判所が当該活動の有償性や営利性の有無を事業活動の考慮要因に含めるべきであるとする見解を示しているが、活動の有償性や営利性をも判断要件に含めることは、一般対応の必要経費の範囲を過度に狭めることになる。
一般対応経費は収入との直接対応関係を求められているものではない。
したがって、一般対応経費が必要経費として収入から控除できる要件は、「事業活動との関連性」と「事業活動上の必要性」の二つの要件であり、「直接」の文言は付加すべきではないといえる。なぜなら、売上原価等にのみ「直接」の文言は用いられているのであり、一般対応経費に関しては、「所得を生ずべき業務について生じた費用」と定めるのみで、「直接」の文言は条文上見当たらないからである。条文にない直接関連性を過度に強調すると、収入との直接関連性をも法が要求しているとの誤った判断がなされかねない、という点が危惧されるのである。」注2.
また、酒井 克彦教授は、「そもそも、「その他」の後に記載されている語句と「その他」の前に掲げられている語句とは独立した関係にあると解されていることから、「△△その他○○」といった場合には、△△と○○とは並列的な関係にあると理解されている。しかしながら、「△△その他○○及び□□その他◎◎」といった規定の場合に,△△、○○、□口,◎◎を単なる並列とみることは「及び」が前と後ろを連結する機能をもつものであることを無視した解釈ではなかろうか。「▽▽及び◆◆」と規定されている場合に,▽▽が一括りのグループであり,◆◆が一括りのグループである場合には、前段グループと後段グループが「及び」で括られていると解するのがもっとも素直な解釈であると思われる。
この理解を所得税法37条1項に当てはめて考えると、「▽▽及び◆◆」とは、すなわち、「売上原価的グループ『及び』販売費及び一般管理費的グループ」という括りで同条1項を理解することになる。」注3.としている。
反対に、伝統的な解釈として『佐藤英明教授は、「必要経費は、所得を得るための特定の経済活動(所得稼得活動)との結びつきによって判断すると理解されてきました。すなわち、特定の経済活動と直接の関連を有し、その経済活動を行うために客観的にみて必要な支出が必要経費であるとされてきたのです。」と論じられる。(佐藤『スタンダード所得税法』244頁(弘文堂2009))。このように、業務関連性については直接関連性が要請されるといわれている。
清永敬次教授は、納税者が納付した所得税を必要経費として控除できない理由について(所得45①二)、「所得税は納税者の人的事情をも考慮して課税されるものであるから、事業活動との結びつきは必ずしも直接的なものでないことなどから、必要経費としての控除を認めないものと思われる。」とされる(清水・税法106頁)。』注4.
植松 守雄氏は、手芸材料商を営む業者が事業拡張のために土地及び店舗を買い受ける契約をして手付金を交付した後、約定の期日までに残代金の支払ができなかったために、その手付金を没収されたケース(昭和37年分)について、判決はこれを必要経費に当たらないとする原処分を支持した。これは、旧所得税法時代の事件で、判決は必要経費を条文の文言どおり「総収入金額を得るため必要な経費」と解釈し、手付金損失は帰するところ損失であって、所得をもたらすための必要ないし有益な費用とは解されないとする立場に立つものであった(一審・名古屋地裁昭和41年4月23日判決・行集18巻8=9号1204頁、控訴審・名古屋高裁昭和42年9月14日判決・行集18巻8=9号1200頁)。このケースは、旧所得税法時代の事件であるが、前述のように、戦後、必要経費の概念が拡大され、税法上、種々法人税の損金概念に近づける試みがなされてきた背景の中で眺めると、その必要経費概念の把握の仕方には当然いろいろの考え方があり得よう。このケースは、税務当局の税務執行面でも、また、裁判所の判決においても、「必要経費」の範囲を限定的に考える伝統的思考の影響が残っていることをうかがわせる代表的な事例として挙げることができよう。注5.
一杉 直氏は、家事費の必要経費算入について、出張中の支出した車中飲食代、食事代及び旅館料金等について、Xが本件日当から支出したと主張する諸雑費についてみるに、一般に、家事上の経費及びこれに関連する経費については、それが事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかにすることができなければ、これを事業所得に係る必要経費の額に算入することはできない(法45①一、令96)と解されるところ、同表記載の諸雑費のうち、車中飲物代、読物代、食事代、旅館料金については、家事上の経費又はこれに関連する経費を含むことが明らかであるが、これらについては、本件証拠上、その中でXの業務遂行上必要である部分を認定することはできず、したがって、これらを必要経費に算入することはできない。
そうすると、被告が、本件係争両年分の本件旅費等のうち本件日当を当該各年分の事業所得に係る総収入金額に算入し、かつ、本件日当に相当する金額を必要経費に算入した原告の計算を否認したことは、正当なものというべきである。注6.
碓井 光明氏は、業務の遂行上必要であることが要求される。業務とわずかな関係があるというだけで必要経費となるものではない、としている。費用収益対応の原則を述べ、「売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用」については、個別対応と「その年における販売費、一般管理費の他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用については、期間対応によるべきことを認めている、注7.としているが矛盾する。
金子 宏教授は、費用収益対応の原則を認め、必要経費と家事費の性質を併有している費用であって、その主たる部分が業務の遂行上必要であり、かつその必要である部分を明確に区分できる場合等は、その部分に限って必要経費に算入される、としている。注8.
私見
1. その費用の額が過大であるとはいえないときは、社会通念上、その役員等の業務の遂行上必要な支出であったと解するのが相当であると判決されているが、その社会通念上が不確定概念となり、予測可能性の確保が保てなくなり問題となる。
2. 事業の業務と直接関係を持つことを求めると解釈する根拠は見当たらず、「直接」という文言の意味も必ずしも明らかではないことからすれば、被控訴人の上記主張は採用することができないと、判決されている。「必要経費」の範囲を限定的に考える伝統的な解釈に縛られずに、所得税法三七条の租税法律主義の文理解釈がしっかりできている。
3. 限定的に考える伝統的な解釈の立場は、費用収益対応の原則を認めるが、条文を租税法律主義の文理解釈が、なされていない。
4. 給与所得とは、最高裁判所は①雇用又はこれに類する原因に基づいて、②雇用者の指揮命令に属して③非独立的に提供する労務の対価で、退職に伴う一時支給金を除いたものである。昭和56年4月24日 民集35巻3号672 三要件を判示している。
5. 武富士事件から裁判官が、自分で判断できるようになった。所得税法三七条一項を正面から判示している。これまでは、条文にたどり着く前に判決されたり、横道にそれた判決であった。
注1. TKC 8月号 (No.475) P.74 増田 英敏著
注2. TKC 6月号 (No.473) P.72~73 増田 英敏著
注3. クローズアップ課税要件事実論 P.173 酒井 克彦著 財経詳報社
注4. クローズアップ課税要件事実論 P.175 酒井 克彦著 財経詳報社
注5. 五訂版 注解 所得税法 P.972~973 植松 守雄著 大蔵財務協会
注6. 平成21年増補改訂 所得税法の解釈と実務 P.521 一杉 直著 大蔵財務協会
注7. 所得税における必要経費 P.65、74~75 碓井 光明著 租税法研究
注8. 租税法 第16版 P.54~255 金子 宏著 弘文堂