事案の概要
本件は、遠洋まぐろ漁船を運航する台湾所在の法人あるいは個人に雇用された乗組員が、その乗組員として稼働して得た金員について、処分行政庁が、原告らがいずれも所得税法が定める「居住者」であり、上記金員が給与所得に該当するとして、原告らにそれぞれ所得税の決定処分を行い、原告らは、原告らが所得税法が定める「非居住者」であり、国内源泉所得ではない上記金員に課税するのは違法であると主張して、それぞれに対してされた所得税の決定処分等の取消しを求めた事案である。
原告らの主張
原告らは、「原告らは、遠洋まぐろ漁船内で起臥寝食をしていたのであるから、まぐろ漁船上が職場であるとともに住所であり、原告らは、所得税法施行令15条1項1号の「国外において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する」者に該当し、国内に住所を有しない者(→非居住者)と推定されるというべきである。」と主張した。
争点
(1)所得税法2条1項3号の「住所」の意義について
(2)遠洋漁業船など長期国外で運航する乗組員の生活の本拠が国内にあるかどうかの基準について
(3)信義則の法理の適用について
裁判所の判断
(1)所得税法2条1項目3号の「住所」の意義について
住所とは、各人の生活の本拠(民法22条)をいい、ある場所がその者の住所であるか否かは、社会通念に照らし、その場所が客観的に生活の本拠たるを具備しているか否かによって判断されるべきである最判昭和29年10月20日。
遠洋漁業船など長期間国外で運航する船舶の乗組員は、通常その船舶内で起居し、その生活の相当部分を海上や外国において過ごすことが多いと考えられるところ、その者の生活の本拠が国内にあるかどうかの判断に当たっても、国内の一定の場所がその乗組員の生活の本拠の実体を具備しているか否かを、その者に関する客観的な事実を総合考慮し、社会通念に照らして判断すべきである。具体的には、その乗組員が、船舶で勤務している期間以外の時期に通常滞在して生活をする場所がどこにあるかなどの客観的な事実を総合して判断することが相当であると解される。
(2)遠洋漁業船などの長期間国外で運航する船舶の乗組員の生活の本拠が国内にあるかどうかの基準について
原告らの土地建物の所有状況、住民登録の有無、居住日数、生計を一にする妻などとの生活状況などを認定した結果、原告らの生活の本拠は肩書地(日本国内)にあると認められ、居住者であると認められるとした。
(3)信義則の法理の適用について
ア. 平成13年から17年まで所得税の確定申告をするよう指導しなかったことについて、信頼の対象となるべき公的見解を表示したことを認めるに足りる証拠はないとした。
イ. 機関誌等は、納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したと認めることはできない。「回答事例による所得税質疑応答集」は、その内容や体裁等を見れば、執筆者又は編者である担当職員の見解が示されているものであって、国税庁の公的見解の表示とまでは認め難く、この記載は、「下船期間は、現地に居住している」事案についての回答であって、事情を異にする事案についての見解にすぎないとした。
研究
この判決では、外国船籍の乗組員を非居住者とする静岡県清水市、宮城県石巻市での取り扱い、外国人に雇用される陸上勤務者を非居住者とする取り扱いを事例にあげて、課税の公平を欠くと主張している。
文献を繙くと増田英敏教授によると、居住者は無制限納税義務者であり、非居住者は制限納税義務者である。両者の判別基準は、その者が居住者か非居住者かによる。居住者とは、「国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居住を有する個人所得税2条1項3号」のことである。さらに住所とは各人の本拠地を意味する大阪高判昭和61年9月25日。生活の本拠地とは、その者の生活にもっとも関係の深い一般的生活、全生活の中心をさすものである最判昭和35年3月22日 ※注1としている。
そして、公海上や外国の領海上で過ごす船舶の船員は国内に住所を有しない者との推定を受けない※注5と掲載している。
最近の判例では、(1)長年、国内に住所登録をしている (2)住民登録地を住所として国民健康保険料を払っている。として、客観的な生活事実を総合考慮すれば住民登録地が生活の本拠と評価できるとしている。※注6
前出のように、文献・裁決・判例を洞察すると、外国船の遠洋まぐろ漁船の乗組員は居住者に当たることを学習した。
しかし、総合考慮して、社会通念に照らして判断をせざるを得ない状態にあることは、明らかに法の怠慢であり不備である。
しかして、信義則の法理に関しては、課税庁は全く当に得ない。それは、昭和62年10月30日最高裁判所において、次の5つの要件を満たす必要があると判示されたことによる。
①税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと
②納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したこと
③その後にその表示に反する課税処分が行われたこと
④そのために納税者が経済的不利益を受けることになったこと
⑤納税者が、税務官庁の責めに帰すべき事由がないこと
すなわち、租税法律主義における納税者の予測可能性の確保及び法的安定性が、確保されていない。
※注1.リーガルマインド租税法 (株)成文堂 初版 増田英敏著 P.87~88
※注2.租税法 第10版 (株)弘文堂 金子宏著 P.410
※注3.裁決事例要旨集 初版 財団法人 大蔵財務協会 P.117~118
※注4.裁決事例要旨集 初版 財団法人 大蔵財務協会 P.117
裁判例・裁決例による所得税法と税務事例 初版 (株)財経詳報社 P.14
※注5.平成20年6月 仙台国税不服審判所
※注6.平成21年4月16日 仙台地裁