1.事案の概要
米国IBMは、日本における中間持株会社を設け、その下に、日本IBM等4社を置くこととする組織再編を実施することとし、米国IBMの子会社である米国WT(米国IBMの海外の関連会社を統括する持株会社 )にデトロイト社が保有していた休眠会社(これが原告)を購入させ、米国WTの子会社となった原告は、米国WTから日本IBM等4社の発行済株式の全てを購入し(以下「本件株式購入」という。)によって得た資金で支払った上で、残額については準消費貸借とした(以下「本件融資」という。)。
上記の組織再編の実施後、日本IBMは、平成14年、平成15年及び平成17年の3回にわたって原告から自己株式を取得し、原告は、本件株式購入における1株当たりの売買価格とほぼ同額で、日本IBMに対して同社株式を譲渡し(本件株式譲渡)、原告は本件株式譲渡の譲渡代金として日本IBMから受け取った金額を、本件融資の返済として米国WTに送金した。本件株式譲渡の結果、原告には株式譲渡損失が発生し、各事業年度の法人税の確定申告においてこれを繰越欠損金として計上した。
その後、原告は平成20年度から連結納税を開始し、平成21年4月に本件株式譲渡により発生していた連結欠損金を損金に算入せずに連結確定申告したところ、課税当局は、同年5月いったんは職権で連結欠損金を法人税法81条の9の規定に基づき損金の額に算入する旨の減額更正を行ったが、翌年2月になって連結欠損金の発生の基礎となる連結納税開始前の自己株式取得(本件株式譲渡)による譲渡損失の発生(及びその結果としての繰越欠損金の発生)自体を否認する課税処分を行ったため、原告はかかる課税処分の取消を求めて争った。注1
2.争点
(1)譲渡損失額が、損金の額に算入されて欠損金が生じたことによる法人税の負担の減少が、同法132条1項にいう「不当」なものと評価することができるか否か。
(2)処分行政庁による引き直し計算が適法である否か。
(3)更正理由に理由の附記の不備による違法があるか否か。
(1)譲渡損失額が、損金の額に算入されて欠損金が生じたことによる法人税の負担の減少が、同法132条1項にいう「不当」なものと評価することができるか否か。
①この事件は、平成22年度の税制改正前におこなわれた租税回避で、発行会社(日本IBM)に自社株式を譲渡し、「みなし配当」(法法24①四)に該当することによって、「受取配当益金不算入」(法法23①)を適用するというものである。
(持株会社の仕訳/数字は仮定)
① | 日本IBM | 1,000 | / | 現金 | 1,000 |
② | 現金 | 1,000 | / | みなし配当 | 900 |
株式譲渡損 | 900 | / | 日本IBM | 1,000 |
(注)日本IBM株式(交付金)の1,000の内訳
八ッ尾順一教授は、上図のように持株会社で発生した株式譲渡損を連結納税制度を利用して、日本IBMの利益と相殺したのである。
このスキームは、連結納税制度そのものを利用して、法人税の負担を不当に減少させていないので、連結納税制度における「行為又は計算の否認」(法法132の3)は適用されない。
争点は、自社株式の売買に伴って発生する株式譲渡損そのものが否認されるべきものか否かであるが、平成22年度の税制改正前においては、発行会社に対して発行会社の株式を譲渡すると「みなし配当」になり、「みなし配当」は、法人税法上、「受取配当益金不算入」になるのであるから、このスキームを否認することは、難しいと思われる。
日本IBMは、当該行為をグループ再編の目的であったと主張しているが、例え、日本IBMがこのスキームを使って、税の軽減を図ったとしても、租税回避の意図があったことをもって否認することはできない。
受取配当益金不算入の制度の趣旨(二重課税の排除)を考えても、税法上、発行会社に発行会社の株式を譲渡すると「みなし配当」としている以上、受取配当益金不算入の趣旨から外れているともいえない。そうすると、改正前では、法人税法23条1項の趣旨から受取配当益金不算入の適用を認めないという解釈も困難である。
従って、日本IBM事件は、改正前において、否認されるべきでない租税回避という範疇に含まれるものと思われる。注2
日本IBMグループの連結納税の構図
注1
(2)処分行政庁による引き直し計算が適法である否か。
品川 芳宣教授は、昭和40年に法22条2項が設けられた以降、法132条の適用される事案が皆無に近くなったと言われていたことがある。注3
金子 宏教授は、行為・計算が経済的合理性を欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみでなく、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なっている場合を含む、と解するのが妥当であろう。注4
増田 英敏教授は、金子 宏教授を引用してこの規定の解釈・適用上問題となる主要な論点は、当該の具体的な行為計算が異常ないし変則的であるといえるか否か、その行為・計算を行ったことにつき正当な理由ないし事業目的があったか否か、及び租税回避の意図があったとみられるか否か、注5
故松沢 智氏は、〝伝家の宝刀〟のように、同族会社の行為計算の否認規定が、安易に持ち出される。この問題は、所得の本質に立ち帰って、益金とはいかなるものをいうかによって解決すべきであろう。法人税法22条2項にかかる問題である。注6
水野 忠恒教授は、古い裁判例の分析によれば、当時は、同族会社の行為・計算の否認規定の性格が、そもそも、明らかにされておらず、①租税回避が、不当な税負担の減少を目的とした私法形式の濫用であるのに対して、②仮装行為とは、そもそも、私法上も虚偽表示に当たるような、事実認定により否認しうる取引であることが、混同されていた傾向がみいだされる。注7
租税回避の否認規定に、同族会社という枠をはめたのは、同族会社においては、閉鎖的、家族的な事業が、行われており、役員・事業主と会社の利害対立がみられず、役員(株主)の都合により、法人が操作されることが容易であることに問題点の本質がある。当事者の特殊関係に着目して、その行為計算が適正なものがどうかの判定することができるのではないかと思われる。注8
佐藤 幸一氏は、法人税法22条は、当該事業年度の所得の金額について、原則として取引実績額を基礎とする損益計算法によるべきことを定めたものであり、一方、法人税法131条は、損益計算法を採ることが不可能若しくは著しく困難な場合において財産の増減の状況その他の事実から、所得の金額を推計の方法により算定できることを定めたものである。注9
大淵 博義氏は、事業目的の概念は、極めて曖味なものであり、これを無条件に採用して不当性の判断基準とすることは大いに疑問がある注10
水野 忠恒氏は、事業目的の存在しない場合については、税務署長から主張・立証しなければならないと思われる。事業目的が何かということは、経営判断にかかわる問題であり、税務署長、さらには裁判所が判断できるものではないが、事業目的の存在しないことは、経営判断のいかんを問わず、判断できるものと考えられる。注11
具体的には、米国IBMは、米国連邦税法における代替ミニマム税ないし最低ミニマム税(Alternative Minimum Tax)により外国税額控除が制限されていたため、日本で支払った源泉所得税を直ちに控除することができない状態であったところ、日本から米国への送金を源泉税に服する配当から源泉税の対象とならない本件融資の元本返済に変更にすることにより、配当源泉税に係る国際的二重課税を解消することが可能になったとされており、本判決は、このような国際的二重課税を解消する目的で日本の源泉税の負担を回避することも、正当な事業目的の一つであるとの判断を示したものと考えられる。注1
(3)更正理由に理由の附記の不備による違法があるか否か。
浦和地裁平成13年2月19日判決では、社会通念上相当と見ることができるから、通則法65条4項の「正当な理由」があると主張は、「正当な理由」があったということはできない。注12
平成25年1月18日の大阪高裁で、理由附記の不備と更正処分の違法性の判断基準の判決で、法人税130条2の求める理由附記として不備があり、違法であるといわざるを得ない判決がされている。
3.結論
大淵 博義氏は、この分野では複雑な問題が山積しており、課税実務及び判例が混迷し、納税者の予測可能性が担保されていない領域といえよう。注13
4.私見
①国税庁長官は、連結納税の承認の申請があった場合において、「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」場合には、かかる申請を却下することができるとされているが(法人税法4条の3第2項3号二)、平成20年においては、多額の繰越欠損金を抱えた原告による連結納税の承認の申請が却下されることはなく、同条4項に基づくみなし承認がなされた。注1
②平成22年度税制改正によるグループ法人税制の導入後は、100%親子会社間における自己株式取得の場合には譲渡損益の認識が繰り延べられた(法人税法61条の13第1項)。注1
③平成22年度税制改正により、株主が株式を取得した当時において将来における自己株式取得が予定されていた場合の当該株式に係るみなし配当について益金不算入規定の適用対象外とする改正がなされたが(法人税法23条3項)、本件株式譲渡が行われた当時は、そのような益金不算入規定の適用制限はなかった。注1
④旧日本興業銀行の事件は、旧住専の不良債権処理に関する課税処分で、1500億円の追徴課税について2004年に取り消し判決された。武富士の元会長親子の1330億円の贈与税課税2011年に課税処分は違法の判断が、最高裁から下された。そして、多額な事件で3敗目に成ろうとしている。〝伝家の宝刀〟のように、同族会社の行為計算の否認規定が、条文のミスを補うのは、租税法律主義に反している。単に法人税法22条2項にかかる問題であり、課税庁の恣意的課税である。納税者の予測可能性・法的安定性が担保されていない。
注1 西村あさひ法律事務所 ホームページ
注2 六訂版 租税回避の事例研究~具体的事例から否認の限界を考える 八ッ尾順一 P.204~205 清文社
注3 増補改訂版 重要租税判決の実務研究 品川芳宣 平成17年初版 P.261 大蔵財務協会
注4 租税法 16版 金子 宏 P.421 弘文堂
注5 リーガルマインド租税法第4版 増田英敏 P.157 成文堂
注6 新版 租税実体法 松沢 智 P.35~36 中央経済社
注7 租税法 水野忠恒 P.487 有斐閣
注8 租税法 水野忠恒 P.489 有斐閣
注9 最近の税務訴訟(Ⅱ) 佐藤幸一 P.683 大蔵財務協会
注10 法人税法解釈の検証と実践的展開 第Ⅱ巻 大淵博義 P.235 税務経理協会
注11 租税法 水野忠恒 P.490 有斐閣
注12 最近の税務訴訟(Ⅳ) 佐藤幸一 P.931 大蔵財務協会
注13 法人税法解釈の検証と実践的展開 第Ⅱ巻 大淵博義 P.237 税務経理協会