税法が財産の評価に具体的な方法を定めていないために、租税実務上は、評価通達により財産を評価して課税価格を決定し税額を算出することは広く受け入れられている。特に相続税における相続財産のうち土地や株式の評価は詳細な評価通達により評価される。
特に非上場株式の時価評価は、中小企業の円滑な事業承継の大きな壁として立ちはだかっている。類似業種比準価額方式と純資産価額方式とこれらの併用が原則と通達は定めており、特例方式として配当還元方式が認められている。この特例方式である配当還元方式を採用できる場合のきわめて判断が困難であり、裁判事例が存在する。
前節も配当還元方式の採用の合理性の有無が争点とされた事例である。ここでも、非上場株式の評価の問題事例として以下の事例と検討することにした。
本件は、第9回租税判例研究会に取り上げられている裁判例である注1.。少数株主か支配株主かを判定するにあたり、同族関係者を規定することの問題を指摘する事例(最判平成11年2月23日税資240号856頁)
非上場株式の評価として、評価通達の規定するところは、純資価額方式を基本として、類似業種比準方式による修正を行い、資産構成の特殊性に応じた評価方法を採用し、株式取得者の会社経営への影響力等により、一定割合以下の株式取得者に対しては、配当還元方式の評価により相続税を申告した事案である。
配当還元方式の評価は、持株割合5%をもって同族グループ内における配当還元方式の採用する基準、近親関係の個人的関係による株式評価の問題を内包している。
本稿では、5%という形式基準が合理的であるか。親族の範囲を6親等内の血族、配偶者及び3親等内姻族の問題について考察の射程に加えた。
(1)事実の概要
X(原告)は、平成2年12月14日、被相続人甲(Xの祖母)が死亡したことにより、殺虫剤や農薬等を製造販売するD会社の株式4万6,500株(以下「本件株式」という)などの財産等を共同相続(相続人はXを含めて5名、法定相続分各5分の1、以下「本件相続」という)したので、課税価格に算入すべき本件株式の価格を評価通達に定める配当還元方式により1株当たり500円と評価して、課税価格1億9,139万円余として相続税の期限内申告をした。
これに対し、Y税務署長(被告)は、本件株式の1株当たりの価額を評価通達に定めるS1+S2方式により1万6,743円と評価し、課税価格を3億4,648万円余とする更正処分等をした。
Xは、同処分を不服として、不服申立の前審手続きを経て(異議決定で課税価格を3億4,207万円余とする一部取消しあり)、本訴を提起した。
本訴においては、専ら本件株式の評価額が争われることとなった。
D会社は、課税時期における資本金は9,660万円、本件相続開始の直前期末における総資産価額は213億2,296万円余、同直前期末以前1年間における取引金額は231億8,061万円余であって、評価通達に定める大会社に該当する。また、D会社の本件相続開始の直前期末における貸借対照表に記載された各資産を評価通達の定めるところにより評価した場合、その価額の合計額は626億5,605万円余であり、そのうち株式及び出資の価額の合計額は334億8,767万円余であって、総資産価額に占める株式等の価額の割合は、約53.45%となることから、同社は、評価通達に定める株式保有特定会社に該当する。
相続開始日におけるD会社の発行済株式総数は193万2,000株であり、Xは、D会社の株式9万6,500株(持株割合約4.99%)を有していた。本件相続により、本件株式4万6,500株の全部を相続した場合には合計14万3,000株(持株割合約7.4%)の株式を保有することになり、法定相続分(5分の1)に従って相続した場合には、合計10万5,800株(持株割合約5.48%)の株式を保有することになる。また、Xは、D会社の社長乙とは5親等の続柄となる。
D会社の個人筆頭株主乙及びその同族関係者の有する持株割合約91.28%であることから、同族株主のいる会社ということになり、乙とその配偶者及び兄弟姉妹の有する合計株式の持株割合が約36.2%となることから、D会社は中心的な同族株主のいる会社ということになる。
しかし、Xは中心的な同族株主には該当しない。Xと甲の持ち株数にXの叔母4名の持株数を加算した合計株数は38万2,500株で持株割合は約19.8%である。
また、Xの祖父丙は、かつてD会社の非常勤取締役をしていたが、同人の死亡後、同人の妻及び子孫の中からD会社の役員に就任した者はいないし、XやXの叔母4名がD会社から受けている利益は1株当たり50円の配当のみであり、それ以外の利益を受けたことはない。
(2) 争点
この事件の争点は、Y税務署長が、本件相続にかかる本件株式の価額について、原告が採用した評価方法が適法か否かによる。なお、本件株式の1株当たりの価額は、純資産価額方式によると1万7,475円となり、S1+S2方式によると1万6,743円となり、配当還元方式によると500円となる。
(3) 判決の要旨
非上場株式の評価として、評価通達の規定するところは、会社資産の割合的持分という株式の性質に応じた純資産価額方式を基本として、会社の規模により類似業種比準方式による修正を行い、また、資産構成の特殊性に応じた評価方式を採用し、さらに、株式取得者の会社経営への影響力等による株式取得利益の大小を考慮して、一定割合以下の株式取得者に対しては、配当還元方式という簡便な評価方法を規定したものであり、かかる基準そのものは一般的な合理性を有する。
Xは、配当還元方式を適用する基準、すなわち、評価通達188(2)の適用について、「会社に対する支配力の有無から決せられるべきであって、一律に5%をもって配当還元方式の適用を制限することは不合理であると主張する。」「たしかに、複数の同族グループの一つが株式の過半数を有し、経営支配力の差が明らかである場合には、持株割合が過半となる同族グループの株主のみが同族株主となり、他の同族グループの取得株式は持株割合にかかわらず配当還元方式によって評価されることはXの指摘するところであり(評価通達188の(1))、類似の事態は、同一の同族グループ内において複数のグループが存在するときにも想定できるところであるから、持株割合5パーセントをもって同族グループ内における配当還元方式の採用を画する基準とするときは、右指摘の場合との均衡を欠く結果となることもあり得るところである。しかし、同一の同族グループ内における支配グループとその余のグループの形成は、2親等の血族といった近親者間にも生じ得るものであり、ときには近親者間の個人的関係によってグループが形成されることも考えれば、右のグループを親等の距離によって客観的に確定することは困難であり、近親者間の個人的関係に起因することもあり得る会社経営への影響力の優劣を株式評価に反映させることはかえって評価をあいまいなものにする。
持株割合5%をもって区分することは一般的な合理性を有するものということができる。純資産価額方式も株式の資産価値の評価方法としての合理性を有すると解される。評価通達の取扱いが個別的に不当となるというためには、純資産価額方式によった場合の評価額が『時価』を超え、財産の価格とすることが法の趣旨に背馳するといった特段の事情が存することの立証が必要というべきである。
(4) 判決の検討
(i) 本判決の意義
本判決は、次の意義がある。
まず、非上場株式の評価について定めた評価通達の定めは基本的には合理的であるとしたうえで、財産評価基本通達188(同族株主以外の株主等が取得した株式)が引用する法人税法施行令4条(同族関係者の範囲)の「親族」は、民法725条(親族の範囲に定める6親等内の血族、配偶者及び3親等内の姻族をいうことを明確に確認した。
さらに、財産評価基本通達188(同族株主以外の株主等が取得した株式)の(2)に定める規定は、同族株主でも親等の遠い者については血縁の力が弱まることを前提として、近親者の持株数の合算により中心的な同族株主を定め、中心的な同族株主以外の同族株主のうち、持株割合が5パーセント未満の者に対しては特例的な評価方式を定めることにしたものであるとして、その趣旨を明確にした。また、課税庁が非上場株式を財産評価基本通達に基づき評価した場合、その評価方法は、合理性を有すると認められるから、右評価が個別的に不当であるというためには、右評価額が時価を超え、この評価額を財産の価格とすることが法の趣旨に反するといった特段の事情の存在につき、原告納税者の立証が必要であるとした。
とりわけ、原告に立証責任があるとした点は注意が必要である。
(ii) 本判決に対する学説の整理
高橋靖教授は、「本件は、5%という形式基準が合理的であるかが争われたものであるといえる。」 注2.としている。
品川芳宣教授は、「本件は、非上場株式の評価につき、評価通達では同族株主に該当するものの、当該評価会社の経営にタッチしていない同族グループに属する株主にたいして、配当還元方式が適用されるか否かが争われもの」 注3.としている。「実質基準の適用については、法人税法では同族会社の「役員」の判定について、持株割合という形式基準のほかに、「その会社の経営に従事している」という実質基準を併用している(法税令7条、71条)が、評価通達においてもこの実質基準を適用していくことも考えるべきである等の意見もある」注4.。としている。
原告の主張する S1+S2 方式によれば約1万6743円と評価される株式が、配当還元方式によれば500円と評価される。
高橋靖教授は、「平成17年法86号による改正前の商法204条ノ4(会社144条)の譲渡制限付きの株式の売買価格の決定について、裁判所は、配当還元方式、純資産価額方式等の併用方式をとっている。相続税法22条の「時価」の算定として、商法の決定方式も無視できないのではないか」注5.との見解を示されている。
この判決は、評価通達の取扱いが個別的に不当となるというためには、原則的評価方法の基準によった場合の評価額が『時価』を超え、これをもって財産の価格とすることが法の趣旨に背理するといった特段の事情が存することの立証が必要となるとしているが、課税庁の評価方法は合理的であるからその評価に反する方法を採用した場合には納税者に立証責任をおわすのは過酷である。
金子宏教授は、評価通達188(2)、188-2は例外的に配当還元法を適用すると位置づけられており、「東京地判平成8年12月13日判決は、この通達を合理的であるとしているが、5%以上の場合に常に配当還元法の適用を否定するのは、納税者に酷な場合が少なくないと思われる。」としている注6.。
品川芳宣教授は、「かかる評価通達の趣旨からすれば、評価通達に定められた評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるなど、この評価方法によらないことが正当と是認されるような特別な事情がある場合には、他の合理的な方法により評価をすることが許されるものと解される。このことは、評価通達6項にも定めをおいている。(なお、同項にいう国税庁長官の指示は、国税庁内部における処理の準則を定めたものにすぎず、同指示の有無が、更正処分の効力要件となるものではないと解される。)注7.」としている。
そして、「租税法の解釈に関する通達の内容を知悉していないと、租税法律主義の機能たる経済生活における法的安定性も予測可能性も享受し難しいことになる。その意味では、単に、税務通達が法源ではないと性格づけるだけではなく、税務官庁と納税者間における政務通達の法的拘束力が問題となる。」注8.としている。
松沢智教授は、「通達により示達された法解釈が長年にわたって租税行政により実施され、相手方人民も、その取扱いが意義無く了承され、それが正しい法的確信まで高められれば一種の慣習として行政先例法となり得るとする見解もあり、通達行政を適法化する方法論として用いられる。しかし、現行通達は、一般の納税者に対して、これに反すれば更正処分を受けることから事実上強制されているに過ぎず、法的確信まで高められているとはいい得ない。国税庁長官通達は下級行政庁の権限行使の統一を図るためであって、国民に対する効力を有する法令ではない。」注9.としている。
増田英敏教授は、「通達は、法規ではないので、法理論的には通達によらない評価もみとめられるし、財産評価基本通達もこれを予定しているが(同通達6)、ただ、租税公平主義、信義則あるいは行政先例法の考え方に依拠して、通達に一定の法的拘束力を認めようとする見解もある。しかし、評価通達は租税法の法源に含めることはできない。そうすると、このような現状をみると租税法律主義に抵触することの批判は、免れない。」注10.としている。
(iii) 判例の動向
最高裁平成17年11月8日第三小法廷判決(平成14年(行)第112号)では、評価通達の定める非上場株式の評価方法は、相続又は贈与における財産評価手法として一般的に合理性を有し、課税実務上も定着しているものであるから、これと著しく異なる評価方法を導入すると、混乱を招くこととなるとしている。
評価通達は、間接的拘束力とされている。しかしながら、東京地判平成11年3月25日判決では、評価通達の「規定を適用せず、中心的な同族株主のいる会社の株主のうち中心的な同族株主以外の同族株主で、その取得後の株式数がその会社の発行済株式数の5%未満である者の評価については、例外的に配当還元方式を運用することとしている。」注11.評価通達による評価方法が、形式的に適用することの合理性が欠如している場合は、評価通達に基づく評価ではない。
(iv) 小括
本件は、5%という形式基準が合理的であるかが争われたものであるといえる。しかし、品川芳宣教授の言われる通り、社長乙の5親等の血族といった近親者間にあたり配当還元方式が適用される余地はない。「 最高裁判所は、評価通達の定める非上場株式の評価方法は、一般的に合理性を有し、課税実務上も定着しているものである」としている。
増田英敏教授の言われるように、租税法律主義に基づく法的安定性・予測可能性を実現できる法律家たる税理士に成るためには、取引相場のない非上場会社の株式の評価も、「通達」によるのではなく、評価法といった法律による評価が必要となる。本件のように、原則的方法によると1万数千円と評価され、一方配当還元方式による評価額500円となるような場合、課税庁は租税回避を目的とした評価として否認してくることがこれまでの傾向である 。注12.
しかし、中小企業が永続的に企業を存続させるには、円滑な事業承継は不可欠であるから、事業承継の円滑化のためにも否認されることのない株式評価方法が必要になる。中小企業により支えられている我が国の経済の本質を考えると、株式評価における租税法律主義の確保は重要である。
目先の税収ではなく、原理原則の視点から法整備が強く求められる。裁判所も、通達の解釈に終始し、株式の時価の本質を踏まえた判断をなすべきである。1万数千円と評価された株式を同族関係者以外の独立した第三者が本当に取得するのであろうか、はなはだ疑問である。
佐藤孝一氏は、「評価の適正もそれだけ担保し難いうえ、個人事業の場合には、純資産価額を基準に相続税の課税価額が算出されることとの課税との権衡の点からも、配当還元方式は例外的な評価方法として限定的に用いるべきである」 としているが果たしてそうであろうか。
法改正とは、具体的にどの様な改正が適切であるか。評価通達の修正、評価通達の内容を施行令あるいは施行規則に定める、それとも評価通達のうち、親族の範囲を民法の親族に求めず、支配権の及ぶ範囲として4親等に限定する方法が考察される。踏まえて言及するが、政令等の制定において、同族株主の範囲を6親等血族3親等姻族からもう少し狭い範囲へ早急に改正が望まれる。
注1. 品川芳宣「非上場株式の評価方法」TKC税研情報第6巻第6号24頁-26頁(1997年)。
注2. 高橋靖「相続財産の評価(3)」別冊ジュリスト租税判例百選178号[第4版]161頁(2005)。
注3. 品川芳宣「非上場株式の評価方法」TKC税研情報第6巻第6号28頁(1997)。
注4. 高橋・前掲注2。
注5. 高橋・前掲注2。
注6. 金子宏『租税法』[第20版]629頁-630頁(弘文堂・2015)。
注7. 品川芳宣『増補改訂版 重要租税判決の実務研究』600頁(財団法人大蔵財務協会・2005)。
注8. 品川芳宣『第三版 重要租税判決の実務研究』874頁(一般財団法人大蔵財務協会・2014)。加筆されている。
注9. 松沢智『租税手続法-租税正義実現のために-』377頁(中央経済社・1997)。
注10. 増田英敏『リーガルマインド租税法』[第4版]174頁(成文堂・2013)。
注11. 金子・前掲注6。
注12. 増田英敏『税理士のための租税法講座 紛争予防税法学』75頁(TKC出版・2015)。